農地のためだけに相続放棄をしてよいものか、迷っていませんか。放棄を検討する前に知っておきたいことをまとめました。
農地だけを選んで相続放棄することはできません。 相続の放棄はその相続のすべてに及ぶため、預貯金や自宅も一緒に受け取れなくなります。
さらに、放棄すれば土地との関係が完全に切れるとも限りません。その土地を現に占有している場合、引き渡すまでの間は保存の義務が残ります。
この記事では、条文と家庭裁判所の手続にもとづいて、放棄を検討する前に確認しておくことを整理します。放棄すべきかどうかの判断は法律の専門家の領域であり、本記事では行いません。

「農地だけ放棄したい」ができない理由
「自宅と預貯金は相続して、遠方の農地だけ放棄したい」という考え方が成り立たないのは、相続が財産を一括で承継する仕組みだからです。
民法896条は相続の効力を次のように定めています。
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
そして放棄の効力について、民法939条はこう定めています。
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
承継するのは「一切の権利義務」であり、放棄すると「初めから相続人でなかった」ことになります。 財産ごとに選ぶ余地が条文上ありません。
農地を手放したいという理由だけで相続放棄を選ぶと、他の財産も受け取れなくなります。放棄はいったん受理されると撤回が難しいため、この点を理解しないまま進めることは避けてください。
期限は原則3か月です
民法915条1項は、承認または放棄をすべき期間を定めています。
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
起算点は「死亡した日」ではなく「自己のために相続の開始があったことを知った時」です。同条2項は、承認または放棄をする前に相続財産の調査ができることも定めています。
3か月は、遠方の農地を含む財産の全容を把握するには短いことがあります。調査が終わらない場合、家庭裁判所へ期間の伸長を申し立てる方法があります。 期限を過ぎてから慌てるより、早い段階で残り時間を把握してください。
手続は家庭裁判所への申述です
民法938条は「相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない」と定めています。裁判所の案内では、手続は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申述先 | 被相続人の最後の住所地の家庭裁判所 |
| 費用 | 収入印紙800円分(申述人1人につき)+連絡用の郵便切手 |
| 郵便料 | 裁判所ごとに異なるため、申述先の家庭裁判所で確認する |
| 必要書類(共通) | 相続放棄の申述書/被相続人の住民票除票または戸籍附票/申述人の戸籍謄本 |
出典:裁判所「相続の放棄の申述」(2026年8月13日確認)
申述先が「農地の所在地」ではない点に注意してください。 横浜市の農地を相続した場合でも、被相続人の最後の住所地が別の市であれば、その地の家庭裁判所が申述先になります。
戸籍謄本は申述人の立場(配偶者/子/直系尊属/兄弟姉妹)によって追加で必要になるものが変わります。同一の被相続人について先行する事件で提出済みのものは不要です。詳細は上記の裁判所の案内をご確認ください。
放棄しても、保存の義務が残る場合があります
ここが農地では特に重要です。 相続を放棄すれば管理から解放される、と理解されていることがありますが、条文はそうなっていません。
民法940条1項は次のとおりです。
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
つまり、「現に占有している」状態で放棄した場合、引き渡すまでの間は保存の義務が続きます。 次順位の相続人が全員放棄すれば、引き渡す相手が決まるまで時間がかかることもあります。
農地は放置すると雑草が伸び、近隣からの苦情や火災の心配につながることがあります。放棄したから何もしなくてよい、とは限らない期間が生じ得ることを前提に検討してください。
何が「現に占有している」状態にあたるかは個別の判断になります。この判断は司法書士・弁護士にご確認ください。 当サイトでは行いません。
放置した場合に生じる問題は農地の雑草で苦情が来たら【所有者の義務と対応】と枯れ草の火災リスクと土地所有者の責任で整理しています。
次順位の相続人へ影響します
民法939条により、放棄した人は初めから相続人でなかったものとして扱われます。同順位に他の相続人が残っていれば、その人たちが相続することになります。
同順位の相続人が全員放棄した場合には、相続権が次の順位へ移ります。 子が全員放棄すれば直系尊属へ、直系尊属もいなければ兄弟姉妹へと移ります。この場合、これまで関わりのなかった親族が相続人になることがあります。その人の熟慮期間は、その人自身が相続の開始を知った時から始まります。知らせが届かなければ、判断の機会が遅れることになります。
放棄を検討する際は、次に誰が相続人になるのかを併せて確認しておくことになります。兄弟間の調整については農地の相続で兄弟の意見がまとまらないときをご覧ください。
放棄以外の方向と比べる
農地の負担を減らすことが目的であれば、放棄以外にも検討できる方向があります。放棄を選ぶかどうかは法律判断であり当サイトでは行いませんが、選択肢を並べることはできます。
| 方向 | 内容 | 他の財産への影響 |
|---|---|---|
| 相続放棄 | 相続そのものを放棄する | 預貯金・自宅も受け取れない |
| 相続土地国庫帰属 | 相続等で取得した土地を、要件を満たせば国に帰属させる | なし(土地ごとに検討できる) |
| 農地のまま貸す | 耕作する人や農地バンクへ貸し、管理の負担を移す | なし |
| 売却・譲渡する | 農地法3条の許可要件を満たす相手へ譲る | なし |
| 管理だけ委託する | 方針が決まるまで草刈りなどを委託する | なし |
放棄以外の方向は、農地だけを対象にできます。 「農地だけ手放したい」が目的であれば、まず放棄以外を確認する順序になります。
相続土地国庫帰属制度は相続土地国庫帰属制度は農地にも使えるのかで、手放す方向全体は相続した農地が「いらない」と感じたときの選択肢で整理しています。貸す方向は農地を貸したいときの選択肢と手順をご覧ください。
なお、相続放棄をしない場合は相続登記の義務が生じます。相続によって不動産を取得したことを知った日から3年以内に登記を申請しないと、正当な理由がなければ10万円以下の過料の対象となります。手順は農地の相続で名義変更(相続登記)を進める手順で整理しています。
よくあるご質問
農地だけを相続放棄できますか。
できません。民法896条により相続人は一切の権利義務を承継し、民法939条により放棄した人は初めから相続人でなかったものとみなされます。財産ごとに選ぶことはできず、預貯金や自宅も受け取れなくなります。
3か月を過ぎたら放棄できませんか。
民法915条1項ただし書により、家庭裁判所へ期間の伸長を申し立てる方法があります。起算点は死亡日ではなく「自己のために相続の開始があったことを知った時」です。個別の可否は司法書士・弁護士にご確認ください。
相続放棄の費用はいくらですか。
家庭裁判所へ納める費用は、収入印紙800円分(申述人1人につき)と連絡用の郵便切手です(2026年8月時点)。郵便料は裁判所ごとに異なるため、申述先の家庭裁判所でご確認ください。専門家へ依頼する場合の報酬は別に発生します。
どこの家庭裁判所に申し立てますか。
被相続人の最後の住所地の家庭裁判所です。農地の所在地ではありません。
放棄すれば草刈りをしなくてよくなりますか。
そうとは限りません。民法940条1項により、放棄の時にその財産を現に占有している場合は、引き渡すまでの間は保存の義務があります。何が「現に占有している」状態にあたるかは個別の判断になります。
相続放棄の手続を代理してもらえますか。
当サイトでは行っていません。ご相談を伺ったうえで、司法書士・弁護士をご案内します。
検討の順序
負担を減らすことが目的なら、次の順で確認すると無駄が出にくくなります。
- 熟慮期間の残りを確認する(起算点は「知った時」)
- 相続財産の全体を把握する(放棄すると預貯金・自宅も対象になるため)
- 農地だけを手放す方法が取れないかを先に確認する(国庫帰属・貸付・売却)
- 放棄を選ぶ場合は、次順位の相続人へ事前に伝える
- 判断と手続は司法書士・弁護士に依頼する
このうち3の材料になる農地の名義・区域・現況は、資料をもとに整理できます。判断の前に土地の条件が分かっていると、専門家への相談も具体的になります。
相続後に必要な手続きの全体像は農地を相続された方へで整理しています。
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名義・区域・現況について、いまわかっていることと確認が必要なことを整理し、相談先となる専門家をご案内します。判断そのものは専門家が行います。
お電話でのご相談: 03-6869-4326(受付 平日10:00〜17:00)
本記事は制度の一般的な内容をご説明するものです。相続放棄は法律判断であり、個別の事案について放棄すべきかどうかの助言は行っていません。実際の判断・手続きは司法書士・弁護士にご相談ください。当サイトはこれらの手続きを代理するものではなく、必要に応じて各専門家をご紹介します。記載内容は2026年8月時点の情報に基づきます。









