取りうる方向は4つです。 ①農地のまま貸す、②農地のまま売る・譲る、③相続土地国庫帰属制度を使う、④所有は続けて管理の負担を下げる。
「相続放棄」は、この4つに入りません。 農地だけを選んで放棄することはできず、預貯金や自宅も一緒に受け取れなくなるためです。
この記事では、なぜ手放しにくいのかと、4つの方向それぞれのハードルを整理します。
「いらない」と感じるのは珍しいことではありません
同じ状況の人は、統計にも表れています。 親から農地を相続したが自分は農業をせず、住んでいる場所も離れている。年に何度か草を刈りに行き、固定資産税を払い続けている——という状態です。
そう感じることを、後ろめたく思われる方がいます。ただ、これは個人の事情というより、いま全国で起きていることです。
国土交通省が令和5年度に実施した「土地問題に関する国民の意識調査」では、自宅以外に未利用地があると答えた157人のうち、58.0%が草刈り等の管理作業に負担を感じている、または感じると思うと回答しています。同じ設問群で、その土地を以前どう使っていたかを聞いた結果では「農地・山林」が52.9%で最も多く、利用していない理由としては「遺産として相続したが、今のところ利用する予定がないため」が49.0%で最多でした。
負担を感じているのは、あなただけではありません。まずはそのうえで、何ができるかを整理していきます。
なぜ手放しにくいのか
農地には、宅地にはない制約があります。
買える人・借りられる人が限られます。 農地を農地のまま売買・贈与・貸借するには、農地法第3条に基づく農業委員会の許可が必要です。買主・借主には、取得する農地の全部を効率的に利用することなどの要件があります。 許可の種類と許可権者の違いは農地法の3条・4条・5条をご覧ください。
用途を変えるには手続きが必要です。 農地を農地以外の用途にするには農地転用の手続きが必要で、市街化調整区域内の農地の場合は原則として許可が必要になります。認められるかどうかは農地区分などによって変わります。
無償で譲る場合も許可が必要です。 「タダでいいから引き取ってほしい」という場合も、贈与として農地法第3条の許可の対象です。相手が要件を満たさなければ、名義を移すことはできません。
放置しても負担は消えません。 固定資産税は課され、草木が伸びれば近隣とのトラブルにつながります。相続登記も義務化されており、正当な理由なく3年以内に申請しない場合は10万円以下の過料の対象です。
つまり、「何もしない」は選択肢として成立しにくくなっています。
取りうる4つの方向
すぐに所有権を手放すことだけが答えではありません。目的別に、次の4つの方向があります。
| 方向 | 向いている状況 | 主なハードル |
|---|---|---|
| 貸す | 周辺に耕作する人がいる | 借り手の要件、農地の状態 |
| 売る | 買主の要件を満たす相手がいる | 許可、境界、名義 |
| 国庫帰属を使う | 売却も貸付も難しい | 要件、費用、境界 |
| 管理の負担だけ下げる | 方針を決めるまで維持したい | 継続的な費用がかかる |
貸す — 農地中間管理機構(農地バンク)を通じて貸す方法や、農地法第3条の許可を受けて直接貸す方法があります。ただし、申し込めばどの農地でも借り受けてもらえるわけではなく、地域計画への位置づけや農地の状態によって扱いが変わります。
売る — 農地のまま売る場合と、転用して売る場合があります。詳しくは相続した農地は売却できるのかで整理しています。
国庫帰属 — 相続または相続人に対する遺贈で取得した土地について、要件を満たし所定の費用を納めることで国に引き取ってもらう制度です。詳しくは相続土地国庫帰属制度は農地にも使えるのかをご覧ください。
管理の負担を下げる — 方針が決まるまでの間、草刈りや巡回を業者に委託する方法があります。費用は面積・傾斜・草丈などで大きく変わるため、個別に見積りが必要です。管理の負担については草刈り・管理の負担を減らしたい方へで整理しています。
実際にどれだけ動いているか
方向を選ぶ材料として、実績の数字があります。
法務省が公表する相続土地国庫帰属制度の統計(令和8年6月30日現在の速報値)では、申請5,698件のうち田・畑が2,226件で地目別最多、帰属2,885件のうち農用地が925件でした。
注目したいのは取下げの内訳です。 取下げ1,063件のうち562件が「有効活用の見込みが生じた」ことを理由としています。法務省はその例として次を挙げています。
- 自治体や国の機関による土地の有効活用が決定した
- 隣接地所有者から土地の引き受けの申出があった
- 農業委員会の調整等により農地として活用される見込みとなった
国庫帰属を検討する過程で、別の出口が見つかることがあるということです。1つの方向に絞らず、並行して確認する意味がここにあります。
出典:法務省「相続土地国庫帰属制度の統計」(令和8年7月16日公表、令和8年6月30日現在の速報値)
なお貸す方向については、農林水産省が「地域計画外の農地である場合や、営農条件が悪い農地である場合等、農地バンクが遊休農地を借り受けられない場合もございます」としています。断られた場合の進め方は農地バンク・JAで対応してもらえなかった土地はどうするかをご覧ください。
「相続放棄」では農地だけを選べません
「農地だけ相続放棄する」という選び方はできません。相続放棄は、その相続に関わるすべての遺産に及びます。 預貯金や自宅は受け取り、農地だけを放棄する、という選び方はできません。
また、相続の放棄は原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述する必要があり、期限があります。放棄した後も、状況によっては一定の管理に関する義務が残る場合があります。
相続放棄は法律判断そのものであり、当サイトでは「放棄すべきかどうか」の判断は行いません。制度の一般的な内容は農地の相続放棄を考える前に知っておきたいことで整理しており、実際の判断は司法書士・弁護士にご相談ください。
まず確認すべきは名義の状態です
どの方向に進むにしても、最初に必要になるのは名義の確認です。登記上の所有者が亡くなった方のままだと、相手が決まってからの手続きで追加の書類や時間が必要になります。
相続登記は2024年4月1日から義務化されており、義務化より前に発生した相続についても対象で、その場合の猶予期限は原則として2027年3月31日とされています。
名義、区域の指定、現況の3点が分かれば、どの方向が現実的かを絞り込めます。相続後に必要な手続きの全体像は農地を相続された方へで整理しています。
まとめ
「いらない」と感じている状態は、選択肢がない状態とは違います。農地は制約の多い土地ですが、貸す・売る・国庫帰属・管理負担を下げるという方向があり、どれが取れるかは土地の条件で決まります。
決められない段階でも、条件を確認しておくことに意味があります。判断材料がそろうほど、選べる幅は広く残ります。
決めていない段階からご相談いただけます
名義・区域・現況を確認したうえで、検討できる方向と次に相談すべき窓口を整理してお伝えします。その場で契約をお願いすることはありません。
お電話でのご相談: 03-6869-4326(受付 平日10:00〜17:00)
本記事は制度の一般的な内容をご説明するものです。個別の土地について何が可能かは、区域区分・農地区分・権利関係等により異なります。相続放棄をはじめとする法的判断は司法書士・弁護士、税務は税理士の領域です。当サイトはこれらの手続きを代理するものではなく、必要に応じて各専門家をご紹介します。記載内容は2026年8月時点の情報に基づきます。









